観る碁のための囲碁入門21

実戦に戻りましょう。

第26譜


黒は45と弱い石を手厚く構えます。中央を攻められずに、右辺か上辺のどちらかを荒らせば勝ちと見ているのだと思います。
白は46, 47を交換して中央への攻めを見つつ、白48から50。右辺と上辺両方陣地にするぞという勝負手です。
白50のような手をキリチガイと呼びます。キリチガイには面白い特徴があり、色々な目的で打たれます。
面白い特徴とは次に色々な方向からアテを打つことができるということです。アテに手を抜くのは石を取られて得にならないことが多いので相手は何か受けるのですが、ということは好きな方向を先手で打つことができるということです。先手で打つことができる場所をキキと呼びます。
相手が強く自分が弱いところではキキがたくさんできる形にすると、欲しい方向に自分の石を増やすことができて自分を強くすることができます。これは碁の大切な考え方です。

第27譜


黒は白からの53のアテを拒否するために、黒51,53と打ち、黒55と白50を抱えました。白は56と打って、右辺を丈夫にしました。右辺を陣地にするというよりは中央の白の弱さを補うためのようです。
黒は57と上辺を荒らす。白は上辺を陣地にするか中央への攻めを継続するか選択を迫られました。勝負所です。

第28譜


白は58で中央の黒への攻めにすべてを賭けます。
白64では、



白1とツケるのが筋で黒の古力選手もこれが嫌だったようです。白の李世乭選手は黒10まで中央の黒を捨てられる図を読んで、これで白いいのか形勢判断ができなかったとのこと。白は既に秒読みに入っていました。この図は白も打てるようで、古力選手はこうは打たないという感想でした。
ということは、実戦白64黒65の交換は打つ必要がなかったわけで、これが大変な悪手になったようです。

秒読みというのは持ち時間を使い切ってからの猶予時間です。この大会(三星杯)の場合、1手1分未満で打ち続ければよいルールになっています。


黒は73と中央の白への攻めを見ながら生きを図ろうとしています。
再び、難しい戦いが始まりました。さあどうなる?

観る碁のための囲碁入門20

局面が一段落したので、今回は、紹介中の対局の李世乭選手の対戦相手、古力選手をご紹介します。



古力選手も李世乭選手と同じ1983年生まれ、現在33歳。中国のプロ棋士です。名前はグリと読みます。


19歳で国内タイトル天元を奪取、以後6連覇。2006年にLG杯世界棋王戦優勝、2009年には、トヨタ&デンソー杯、LG杯、BCカード杯の世界戦3冠。昨年にも春蘭杯(世界戦)優勝。国内タイトル獲得数30、世界戦タイトル獲得数8、まさに李世乭選手のライバルです。


二人とも現在30代ですが、今、棋士の全盛期年齢は20代と言われています。


遡ること50年前、45歳の坂田栄男名人が23歳の林海峰挑戦者を迎え撃つ際「20代の名人などありえない」と豪語しました。この頃の棋士の打ち盛りは40代。囲碁は円熟した、誰もわからない局面でその人なりの価値観を競うゲームでした。
23歳の林海峰選手が名人を獲得し、世に衝撃を与えたのと同時に囲碁界の若手にも強い刺激となりました。ところがこの若手選手たちが集団で活躍し続け、40代打ち盛りに戻ります。将棋の今の羽生世代と同じですね。木谷門下時代とでも言いましょうか。


次の流れは韓国で起こりました。当時16歳だった李昌鎬(イチャンホ)選手が世界戦優勝を果たし、次々と世界戦を制覇していきます。その刺激で韓国中国で若手が急成長しました。


今の世界のトップを支える力は芸というよりは読みのようです。世界戦が持ち時間3時間以内の「短い」棋戦中心だからということもあるかと思います。
3時間で短い?ええ、日本のタイトル戦には今も2日かけて戦うものがあり、持ち時間は8時間です。そもそも持ち時間が導入されたのは昭和に入ってから。それ以前は無制限で勝負していました。


持ち時間3時間以内では全盛期は20代なのか。李世乭、古力の二人はその定説に真っ向から挑戦中と言えると思います。


藤沢秀行というすごい人(どうすごいかはまたの機会に)のおかげで、昭和の頃、日本囲碁界は中国囲碁界と交流がありました。そのためか、韓国が李世乭選手中心に日本とは違う独特の囲碁観を創り出したのに対して、中国の棋士には今でも日本の碁の香りがする気がします。古力選手も盤全体を使った構想や厚みから攻めの流れなど、木谷門下時代を感じます

木谷門下時代の日本のトップ(事実上世界のトップ)と今の世界のトップが戦ったらどうなるのでしょう?
こういう歴史の「たられば」に答えはありませんが、もしかしたら近い将来コンピュータ囲碁がある種の示唆を示してくれるかもしれません。

観る碁のための囲碁入門19

第23譜


白の粘りの手筋36に対して、黒も一歩も引けないので黒37と取られにいきました。この形はコウです。

第24譜


白は38とコウを取りました。黒はすぐには取り返せないルールなので、39とアタリを打ち、継いだら取り返しますよと主張します。

第25譜


白は継いだら全部取られになるという読みで、白40とこちらを取りました。黒も41と取り、左辺の白を自分の陣地にしました。白42で左下の黒は白の陣地に。黒43で右下の白が黒の陣地に。そして白は中央に備えて白44。
少し前の図からは想像できない状況です。こういうダイナミックな入れ替わりが強い人たちが打つ碁の魅力です


第9譜、黒が25と白を圧迫しようとした手から戦いが始まり、白44(144手目)でようやく一段落しました。
長かった^^;


さて、現在どちらが有利なのでしょうか?
囲碁は碁盤の上に置いた石の数を競います。なので、取り上げられる石を頭の中で取り上げて自分の石を埋めて数えることになりますが、実はもう少し簡単な方法があります。


その前にルールについてもう一度考え直しましょう。
囲碁は碁盤の上に置いた石の数を競います。差ができる理由は相手の石を盤上から取り上げることができるからです。取り上げるということには実は2つの意味があります。
一つは相手の石数を減らす、二つ目は自分の石を置くスペースを作る、です。なので石を取ると盤上の石の数は2つ違ってくることになります。
そういう目で見れば、実は囲った陣地の中の相手の石は2、空いている場所は1と数えて、双方の差を確認すれば、最終的に盤上に置ける石の数の差がわかります。この数え方、「地(じ)」を数えると言います。


早速、実戦の図を数えてみましょう。
黒は、左辺白石を取った辺りに27ぐらいの地、右下に30ぐらいの地、右上10前後ぐらいの地があります。合計67前後。
白は、左下黒石を取った辺りに38ぐらいの地、右辺と上辺はまだスカスカしていて(相手から減らす余地があって)数えるのが難しいです。えいやで両方で25ぐらいと思いましょうか。すると合計63ぐらい。
実は囲碁は最初に先に打つ黒の方が得ですから、黒は白より7つ石をたくさん置いたら勝ちというルールがあります。先に打つ得な分を相殺するルールです。
このルールを加味して、さらに次が黒の番だと考えると、この局面、黒が優勢のようです。李世乭選手に逆転のチャンスはあるのでしょうか?

観る碁のための囲碁入門18

第21譜


白は30と連絡を図ります。黒は取られるとわかっていて一度31と切断して33。狙いを左辺の白から左下の白(○)に切り替えました。

第22譜


白34と黒石を1つ取り、黒35に白36!粘りの手筋が出ました。


黒が普通に取りにいくとしたら、



黒1ですが、白2と継いだ後の形がとても面白いのでよくみてください。次に白をアタリにするには、黒AかBですが、白をアタリにした瞬間、黒がアタリになってしまいます。そして交互に打つのがルールだから次は白の番…
アタリにしたくても自分がアタリになってしまう形をオステナシと呼びます。響きが「おもてなし」とよく似ていますが決められた時の衝撃は正反対です^^;


一手前、白36でまっすぐノビたらどうなるでしょう。この方が黒が囲むのに手がかかって安心ですよね?



白1には黒2と打ちます。次にアタリを打たれないように白3。これで黒はオステナシです。
黒は悠々4と随分離れたところに打ちます。白は黒石3つをアタリにするために5と継ぎます。黒は6。
見てください。いつの間には白もオステナシになってしまいました!
白はこれ以上打つと自分がアタリになってしまいます。黒は中から打つとアタリですが、外から×を順番を間違えないように打っていけば右下の白をアタリにできます。この石が取られるということは左辺の白全部が全部取られです(左辺の白は黒が打てない場所が1箇所しかないのです)。
正確には左上の黒と左辺の白とどちらが早く周りを囲えるか競争状態です。こういう状態を攻め合いと言います。この攻め合いは黒が一手早く白を取ることができます。



白36がとても大切な一手だったことがわかりましたね。

観る碁のための囲碁入門17

第17譜


白8(108)に対して、黒は左辺から中央にある一団を生きないと(取られない形にしないと)いけません。黒9からアタリなのに11と切る技が出ました。囲碁では技のことを手筋と呼びます。

第18譜


黒9の石は取られてしまいましたが、黒13とアタリが打てたことで黒の一団のスペースが増えて取られない形にできそうになってきました。
黒は続いて15。この手は白にAと打ちなさいという手ですが、観る碁のための囲碁入門15で説明したように白にはまだ左上に連絡するという粘りがあります。なので白は16と反撃!

第19譜


白16の石を犠牲にして白20まで左上の黒を切断しました。黒は21と左辺の白を取りにいきます。お互いに取り上げられない形にするにはスペースが足らないので、取るか取られるかという大変な関係になりました。
左辺が忙しい時に白22と妙なところに打ちました。よくわかりません^^;
(有段者向け: 白22から黒25まで打たずに実戦通りになった図と比較すると、将来の黒のコウ材を1つ消している意味がありますか)

第20譜


黒25まで白が形を決めて、白26と打ちました。これは次に白29と生きる手を見ています。なので黒は27とアテを打ってから29と取りに行きました。
果たして左辺の白は左下の白と連絡できるのでしょうか?

観る碁のための囲碁入門16

第16譜


前回白88は黒の出方を伺う手と説明しました。黒は89。この手も白に「引き上げますか?」それとも「右下を荒らしますか?戦いますよ」と態度を伺い返した手です。



白1と引くと黒2でしょうか。黒は右下の陣地を固持できます。白は7と繋がって中央の黒への攻めを見てまあまあの気もしますが、うまく攻めて得をしないと白7は繋がっただけの効率の悪い手になる可能性が高いです。
下辺の白がつながると中央の黒が一方的に弱く見えますが、左下の白がはっきり生きていなかったことを思い出してください。複雑な状況の中、方針を考えます。


白はこの図を採用せずに実戦90と右下を荒らしにいきました。

第17譜


白が100まで右下を根こそぎ荒らしました。黒のいい陣地だったところが一転白の陣地になってしまいました
強い人の碁ほどこのようなことがよく起こります
黒は101で下辺の黒の脱出と下辺の白の一段の攻めを図ります。

第18譜


黒は7(番号7は107手目のことです)まで2つの白石を取って脱出しました。ただ脱出しただけでなく、2つの白石を取ったことで右下の白が心細くなっていることに注意してください。
白は8と下辺と中央の白が連絡。なので左辺から中央の黒が心細くなりました
目がまわりますね^^
右下の白の一段より左辺から中央の黒の一段の方が大きいので、まずこの黒が一体どうなるか注目です。

観る碁のための囲碁入門15

第14譜


黒が77と飛び込みました。先に黒Aと備えていたからできる技です。これで左下の白も心細くなってきました。
対して白は78、80と返し技です。白80はすぐに取られてしまいますが、あわよくば後で黒77を取り返すぞという手です。

第15譜


白82に黒はすぐに左下の白を取りに行くのは無理と判断して、黒83,85と左下の黒を生きました。
中央下の白のスペースが狭くなったので、白86と頭を出し、黒も87と頭を出します。
そして白88。これは相手の出方を見る手です。右下は黒が効率よく陣地らしきものを築いたところでした。そこにツケることで、陣地を大切にしますか?それとも中央下の白の攻めを続けますか?と聞いています。相手の出方を伺う手を「様子見」と呼びます。


ところで、左下の白は生きているのでしょうか?難しいです。プロなら結論が出ていて双方その結論に基づいて作戦を立てているんだと思いますが、普通のアマチュアだと…
少し見てみましょう。



相手の陣地になりそうなところを狭めるために黒1と打ってみます。これに対して白2と打ったらどうなるか。
(もし白3と打ったらどうなるか後で見てみます。)
黒3の時、白4が第14譜白80と打っておいた技の活用です。次に白5と打てば黒が打てない場所が2箇所できますから、白生きです。なので黒5。そこで白6!わざわざ取られる手を打ちます。
黒はAと継ぐと黒石4つがアタリになってしまいます。なので白6を取ります。
これは一体なんでしょう?白がまた6と取り返し、黒が取り返し、白が取り返し…きりがありません。
こういう形をコウと呼びます
きりがないとゲームが終わらないので、「コウはすぐに取り返してはいけない」というルールが実はあります。実例を見ないとピンと来ないので今まで説明しないでおきました。このコウのルールが、奥深い囲碁をさらに奥深くします。
この変化だけ見ると、「左下の白は生きているのか?」という問いには「生きても死んでもいない。コウになる」という答えになります。生きているのと死んでいるのの間があるなんて不思議ですね

豊臣秀吉から初代碁所に任命された本因坊算砂(以前に紹介した日海のことです)は
 碁なりせば 劫(コウ)なと打ちて生くべきに
  死ぬるばかりは 手もなかりけり
という辞世の句を詠みました。


白が3と黒1を取る変化も見てみましょう。



黒は連絡をさせないように3と打ちます。以下、黒7までまたコウになりました。白Aには黒B。先ほどのコウは最初に黒が取りましたが、このコウは白が取ります。なので同じコウなら先に取れるこちらを白は選びます。実は前の図も白6を先に打つと白が先に取るコウになります。


ところで、この図、左辺上の白がなんだか心細いです。この白は大丈夫なんでしょうか?



観る碁のための囲碁入門12でこの白は、黒と白が交互に打つ限り生きていると説明しました。
しかし、黒Aが加わったことにより状況が変わっています。黒1白2黒3白4と交互に打って黒が打てない場所を2箇所作るはずでしたが、黒Aがあることで黒5と打てます。すると黒が打てないはずだったBの場所が、今は白石2個を取ることができるので打てることになります。
白石は生きていないので、他の白石と連絡する必要があります。果たして連絡できるのか。
白14まで連絡することができました。ずいぶん前に打った白Cがこんなところで役に立つようになっていたんですね


右下の白について、黒1の変化を少し見ましたが、他にも白の陣地っぽい内側から打つ手など色々な変化を対局者は読み切って作戦を立てています。「この一団は果たして死ぬのか生きるのか」ハラハラしながら見るのが囲碁観戦の醍醐味です