井山六冠張栩九段が見せてくれた「この一局から」
そろそろ、はてなダイアリーの引っ越しを考えないといけません。みなさんはどうされますか?
4ヶ月前(「観る碁のための「この一局から」を求めて」)、「私のようなAlphaGoショックの観る碁ファンにこんな日が訪れるのはいつになるのでしょうか」と最近の心情を吐露しました。
果たして4ヶ月というのは長かったのかそれとも早かったのか。井山さんと張栩さんが観る碁ファンにとっての「この一局から」にふさわしい碁を見せてくれました。
第43期名人戦七番勝負第五局、井山名人の黒番。
ELF OpenGoのウェイト(v1)を使ったLeela Zeroは白196を支持していました。これで白持ち(勝率77%)と。
ここまで、穏やかながらLeela Zeroの評価値も安定した緻密な序盤から右上で我慢する黒に対して白がポイントを稼ぎ、黒が左辺と下辺でポイント、黒が仕掛けた右辺のコウが無理気味で再度形勢が白に傾きかけ、白持ちのヨセが続くかと観ている誰もが思ったところ。
既に秒読みに入っている井山名人、時間つなぎと準備工作を兼ねた黒197から黒199、201!
右辺のシチョウを防げば上辺の白が死に、上辺に手を入れれば右辺がごっそり黒地に変わります。候補手にすら入らなかった199, 201を見てLeela Zeroの評価値はじわじわと互角に近づき、そして全手探索状態に入ります。
全手探索状態とは盤面全体が候補手になる状態で、どの手を評価しても直前の評価より悪くなる場合に起こります。つまり、Leela Zeroが「おかしい。こんなはずでは」と思う瞬間です。
この時、私は李世乭さんがチャレンジマッチ第4局でAlphaGoに対して放った「神の一手」を思い出しました。
あるいは最近では将棋の藤井七段の「△7七同飛成」ですか。
「部分的には人間の方が深く読める局面もある」
藤井聡太七段
ELF OpenGoのウェイトを使ったLeela Zeroはおそらく当時のAlphaGoより強いはずです。そのAI相手に井山さんは李世乭さんに続く「神の一手」を放った。
井山名人の「神の一手」に対して挑戦者の張栩九段は渾身のフリカワリ策に出ます。2時間近く余す持ち時間を小刻みにしか使わず、井山名人にコウ材探しと複数のフリカワリの形勢判断をさせる時間を与えません。その決断力が功を奏して張栩九段が熱戦を制しました。
「神の一手」と人間ならではの勝負術。
おそらく井山六冠と言えどももはや囲碁AIに勝つことはできないでしょう。大局観が違いすぎて手どころの局面まで持っていけないと思います。それでも手どころの局面ならAIを上回ることを大舞台で見せてくれました。
本局のような名勝負はそうそう見ることはできないと思います。多分また、AIの評価値を見てこの手とこの手がよくなかったねぇとタイトル戦、世界戦を冷めた目で観る日常に戻るのでしょう。それでも、AIを越える一手とそれを迎え撃つ姿をこの先また観られるかもしれないと思えば、灰色になった観る碁人生に彩りが蘇ってくるのです。
ありがとう井山さん、ありがとう張栩さん。