科学の神話化

先日、NHKポアンカレ予想の証明に至るドキュメンタリ「100年の難問はなぜ解けたのか〜天才数学者 失踪の謎〜」の再放送があり、職場であれこれ質問されました。知らないのに知らないと言いたくない私は、ああだこうだと適当なことを言い合います。(食後の休みの暇つぶしみたいなもんです。)
位相幾何学は触りもしなかった分野なので、ペレルマンさんの証明(論文見たら短いですね)はともかく、普通の演習的問題でもどう証明するものか、不思議だったので、これを機会に読みやすくなったという噂の数学辞典第4版を衝動買いしてしまいました。(第3版が実家に置いてありますが、読めたもんじゃないですね。あれはわかっている人が思い出すための辞典。)理解の材料にするにはやっぱり無謀でした。すぐ通俗書に走るのも口惜しいので、「集合・位相入門」でも開けてみるかな。
それはともかく、数学にしても科学にしても、その知識の蓄積が、一般人には信じるしか仕方がない時代になりました。象が大地を支えるのはインド神話でしたか。ビッグバンもそれと意味的になんら違いがない。人は未知を恐れるので、確認できない事柄については、穴を埋める情報があればいい。
ポアンカレ予想フェルマー予想が証明されたと言われても、どうしようもないですよね。職場でも、ペレルマンさんの失踪について、「複数の数学者チームが証明は正しいと判定してフィールズ賞授与されたけど、本人だけ間違いがわかって、あきれて隠遁したんですよ」と笑い話してました。
「科学の終焉」は笑い話にならなくて、少なくとも大学入ってから学習して生涯にたどり着ける範囲は、ペンペン草も生えてない時代が来そうです。数学、科学は幼少から専門教育を受けた者だけが挑む密教化された世界になり、普通の人々は、科学を神話化し、生活を豊かにする新たな方法論を生み出すのでしょうか。