朝の歓び(上) (講談社文庫)

朝の歓び(上) (講談社文庫)

…自分が必要とするときだけ、愛する人を受け入れられるが、自分がわずらわしいときは口もききたくないとか……。自分のつまらない冗談が相手を怒らせても、それは相手が悪いのだって言うくせに、相手の冗談で自分が傷ついたら、劣化のごとく怒るとか……。俺は、そんな人間だったよ。つまり、すなおじゃなくて、謙虚でもないんだ。こういう人間は、いつも、つっぱってて、ちょっとしたことで、しょっちゅう頭に血がのぼって、より良くするための妥協がなくて、公私を混同して、臨機応変に気持の切り換えができなくて、人を許せなくて、自分はいつも、おお、よしよしって頭を撫でてもらいたくて、身びいきで、気位と誇りは高いくせに、自分の実際の生活は何程のものでもないどころか、まっとうな人生からちょっと外れたところで生きてる…。

他力

他力

人間はただ無為に生きるだけでも大変なことなのです。一生に誇るべきことをなしとげた人は、謙虚に感謝すればよい。もしできなくても恥じることはない。生きることそのものが大変なことです。

峠(上) (新潮文庫)

峠(上) (新潮文庫)

志は塩のように溶けやすい。男子の生涯の苦汁というものはその志の高さをいかにまもりぬくかというところにあり、それをまもりぬく工夫は格別なものではなく、日常茶飯の自己規律にある、という。箸のあげおろしにも自分の仕方がなければならぬ。物の言いかた、人とのつきあいかた、息の吸い方、息の吐き方、酒ののみ方、あそび方、ふざけ方、すべてがその志をまもるがための工夫によってつらぬかれておらねばならぬ、というのが、継之助の考えかたであった。

人の一生はみじかいのだ。おのれの好まざることを我慢して下手に地を這いずりまわるよりも、おのれの好むところを磨き、のばす、そのことのほうがはるかに大事だ。

喪失から回復。今でも目が潤みます。
でも何も変わっていない。志が溶けても業は残ります。