思考の行き着くところ
科学の終焉(おわり) (Naturaーeye science)
- 作者: ジョンホーガン,筒井康隆,John Horgan,竹内薫
- 出版社/メーカー: 徳間書店
- 発売日: 1997/11
- メディア: 単行本
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ゆめゆめ、バスや女性や宇宙論を追いかけるなかれ。なぜならば、そうしたものは、いつも数分で次が現れるのだから。
好きで好きでしょうがないものがあったら、気分がいいどころか、脳の癌の一種だと考えるべきだ。なぜなら、それは、あなたの心の小さな一部が、他の全体をごまかす方法を考えついた、ということを意味するからだ
- 作者: フレッドハプグッド,Fred Hapgood,鶴岡雄二
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 1998/09
- メディア: 文庫
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あらゆる重要なデザイン活動の過程で、人は空っぽになり、自分自身の思考や世界観や精神に対する自信を喪失し、どこへいけばよいのかもわからないまま、ツンドラのなかにおきざりにされたような気分になることがある。巨大なプレッシャーのもとで、消耗し、意気消沈し、つぎになにをすべきかわからないどころか、新しいアイディアを得る望みすら失ってしまった瞬間、ときとして自我が弛緩し、数秒のあいだ、じぶんの目のまえにあるものを、ありのままに観察する余裕が生まれることがある。
普通の人が越えられない壁を越える時の思考というのはどういうものなのでしょうね。短くない人生で一度もないのでわかりません。神の啓示のようなひらめきだったり、稀な観察だったり、組み合わせの幸運だったり、精緻なメタファーだったり、間違いなく繰り返し続ける能力だったり。
いずれにしても、その思考に至る前には、自分の中に欠落している部分を感じ、それを埋める渇望が永遠とも思えるほど続いただろうことが想像されます。見つかれば至福だし、見つからなければありきたりな不幸。
すべてのことが誰かによってやり尽くされた世界は、天国なのか地獄なのか。再発見/再発明の喜びはいつの時代でも必ずありますが、記録が網羅されればもうそれで口に糊することは許されない。「やり尽くされた世界」では、「カンニングすることなく」再発見/再発明すると栄誉だけが与えられる、そんな世界かもしれません。
でも、世界は「やり尽くされた世界」を既に何度も経験しているような気がする。「やり尽くされた世界」の後にはカタストロフィーが用意されているのでしょうか。
少し飲み過ぎました。